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1
秋の田の かりほの庵の 苫をあらみ わが衣手は 露に濡れつつ
あきのたの かりおのいおの とまをあらみ わかころもては つゆにぬれつつ
《後撰集》 所収
詞書「御製(ぎょせい:天皇の作)」
- 本歌「秋田刈る 仮庵を作り 我が居れば 衣手寒く 露ぞ置きにける (あきたかる かりいほをつくり わがおれば ころもでさむく つゆぞおきにける」万葉集 - 詠み人知らず -
秋の田のほとりに建てられた仮小屋は、屋根の苫の編み目が粗いので、滴り落ちてくる夜露で私の衣の袖は濡れ続けているよ。
[ただし、定家の時代には暗に恋の心を秘めた歌として享受されていた。その場合、「苫をあらみ」は、「間を粗み」の意が掛かり、男の訪問が間遠になったことを暗示している] |
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2
春過ぎて 夏来にけらし 白妙の 衣ほすてふ 天の香久山
はるすぎて なつきにけらし しろたえの ころもほすてふ あまのかくやま
《新古今集》 所収
原歌「春過ぎて 夏来たるらし 白妙の 衣ほしたり 天の香久山」万葉集 - 持統天皇
春が過ぎて、いよいよ夏がやってきたらしい。夏になると衣を干すという聖なる香具山には、真っ白な着物が干してあるよ。
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3
あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の ながながし夜を ひとりかも寝む
あしびきの やまどりのおの しだりおの なかなかしよを ひとりかもねむ
《拾遺集》 所収
山鳥の長く垂れ下がった尾のように長い長いこの秋の夜を、私はあなたを恋慕しつつ、一人で寂しく寝ることになるのだろうか。
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4
田子の浦に うち出でてみれば 白妙の 富士の高嶺に 雪は降りつつ
たごのうらに うちいでてみれば しろたえの ふしのたかねに ゆきはふりつつ
《新古今集》 所収
原歌「田子の浦 ゆうち出でて見れば 真白にぞ 富士の高嶺に 雪は降りける」万葉集 - 山部赤人
田子の浦の浜に出て、はるか遠くを仰ぎ見ると、真白な富士山の頂には、今まさに雪が降り続いているよ。
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5
奥山に 紅葉踏みわけ 鳴く鹿の 声きく時ぞ 秋は悲しき
おくやまに もみじふみわけ なくしかの こゑきくときそ あきはかなしき
《古今集》 所収
奥深い山の中、散り敷いた紅葉を踏み分けながら、妻を慕って鳴く鹿の声を聞くと、秋の悲しさが深く身に染みるよ。
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6
かささぎの 渡せる橋に おく霜の 白きを見れば 夜ぞ更けにける
かささぎの わたせるはしに おくしもの しろきをみれは よそふけにける
《新古今集》 所収
かささぎが広げた翼を連ねて天の川に架けた橋のような宮中の階段に、真っ白な霜が降りている。それを見ると、すっかり夜も更けてしまったのだなぁ。
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7
天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも
あまのはら ふりさけみれば かすがなる みかさのやまに いてしつきかも
《古今集》 所収
広々とした空を仰ぎ見ると、月が出ている。この月は、かつて奈良の春日にある三笠山の上に出ていたあの月と同じ月なのだなぁ。
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8
わが庵は 都のたつみ しかぞ住む 世をうぢ山と 人はいふなり
わがいおは みやこのたつみ しかぞすむ よをうちやまと ひとはいふなり
《古今集》 所収
詞書「宇治山にすみける」
私の庵は都の東南にあって、このように心静かに暮らしている。それなのに世間の人々は、この世が辛いから宇治山に隠れ住んでいると言っているようだ。
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9
花の色は 移りにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに
はなのいろは うつりにけりな いたずらに わかみよにふる なかめせしまに
《古今集》 所収
桜の花はむなしく散ってしまったわ。春の長雨が降っていた間に。私の容姿も衰えてしまったわ。物思いにふけっている間に。
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10
これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも 逢坂の関
これやこの ゆくもかえるも わかれては しるもしらぬも あふさかのせき
《後撰集》 所収
これがあの、都から旅立つ人も都に帰ってくる人も、知っている人も知らない人も、別れてはまた逢うという逢坂の関なのだなぁ。
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11
わたの原 八十島かけて 漕ぎ出でぬと 人には告げよ 海人の釣舟
わたのはら やそしまかけて こぎいでぬと ひとにはつけよ あまのつりふね
《古今集》 所収
詞書「隠岐国に流されける時に、舟に乗りて出で立つとて、京なる人のもとにつかはしける」
広々とした大海原をあまたある島々を目指して船を漕ぎ出して行ったと、都にいるあの人に伝えておくれ。漁師の釣舟よ。
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12
天つ風 雲のかよひぢ 吹きとぢよ 乙女の姿 しばしとどめむ
あまつかぜ くものかよいじ ふきとじよ をとめのすかた しはしととめむ
《古今集》 所収
詞書「五節(ごせち)の舞姫を見てよめる」
空を吹く風よ、雲の中の通り道を閉ざしておくれ。舞い終えた美しい天女たちをもうしばらくこの地上に引きとめておきたいから。
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13
筑波嶺の 峰より落つる みなの川 恋ぞつもりて 淵となりぬる
つくばねの みねよりおつる みなのがわ こひそつもりて ふちとなりぬる
《後撰集》 所収
筑波山の峰から流れ落ちる男女川(みなのがわ)の水が、少しずつ溜まって淵となるように、私の恋心も積もり積もって淵のように深くなってしまった。
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14
陸奥の しのぶもぢずり 誰ゆゑに 乱れそめにし われならなくに
みちのくの しのぶもじずり たれゆえに みたれそめにし われならなくに
《古今集》 所収
奥州の信夫地方(しのぶちほう)で作られる布「しのぶもじずり」の乱れ模様のように、私の心が乱れているのは誰のせいか。私のせいではなく、あなたのせいなのだよ。
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15
君がため 春の野に出でて 若菜摘む わが衣手に 雪は降りつつ
きみがため はるののにいでて わかなつむ わかころもてに ゆきはふりつつ
《古今集》 所収
詞書「仁和の帝、みこにおはしましける時に、人に若菜たまひける御歌」
あなたのために、早春の野に出かけていって、若菜を摘んでいる私の着物の袖には、雪がちらちらと舞い落ちているよ。
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16
立ち別れ いなばの山の 峰に生ふる まつとし聞かば 今帰り来む
たちわかれ いなばのやまの みねにおうる まつとしきかは いまかへりこむ
《古今集》 所収
詞書「因幡国へまかりける時に、京にありける人のもとにつかはしける」
あなた方と別れて因幡の国へ行きますが、稲羽山(いなばやま)の峰に生えている「松」のように、私を「待つ」と聞いたならば、すぐにでも帰ってまいりましょう。
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17
ちはやぶる 神代も聞かず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは
ちはやぶる かみよもきかず たつたがわ からくれなゐに みつくくるとは
《古今集》 所収
詞書「二条の后の春宮のみやす所と申しける時に、御屏風に竜田川に紅葉流れたるかたをかけりけるを題にてよめる」
- 二条の后(藤原高子 [ふじわらのこうし])のために、屏風絵を題材として詠んだ歌 -
不思議なことが多かったという神々の時代にも聞いたことがない。竜田川が紅葉を散り流して、水を鮮やかな紅色にくくり染めにしているなんて。
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18
住の江の 岸による波 よるさへや 夢の通ひ路 人目よくらむ
すみのえの きしによるなみ よるさえや ゆめのかよひち ひとめよくらむ
《古今集》 所収
住の江の海岸に寄る波の「よる」ではないけれど、夜の夢の中で通う道にさえ、どうしてあなたは人目を避けて現れないのでしょうか。
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19
難波潟 短き蘆の ふしの間も 逢はでこの世を 過ぐしてよとや
なにわがた みじかきあしの ふしのまも あはてこのよを すくしてよとや
《新古今集》 所収
詞書「宇多の御門、みこにおはしましける時、御許に、月一夜二夜ありて、つねにはあらぬさまにのたまはせたりければ」
難波潟に生えている蘆の、節と節の間ほどのほんの短い時間でさえも逢わないまま、私にこの世を過ごせとあなたはおっしゃるのでしょうか。
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20
わびぬれば 今はた同じ 難波なる みをつくしても 逢はむとぞ思ふ
わびぬれば いまはたおなじ なにわなる みをつくしても あはむとそおもふ
《後撰集》 所収
詞書「事(こと)出(い)で来てのちに京極御息所(きょうごくのみやすんどころ)につかはしける」
- 元良親王と京極御息所の関係が世間に知られてから後に、元良親王が使者に持たせて京極御息所へ贈った歌 -
こんなに思い悩んで苦しんでいるのだから、今となってはもう同じこと。難波潟にある澪標(みおつくし)のように、私の身を尽くしてもあなたに逢おうと思う。
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21
今来むと 言ひしばかりに 長月の 有明の月を 待ち出でつるかな
いまこんと いいしばかりに ながつきの ありあけのつきを まちいてつるかな
《古今集》 所収
「すぐに行きます」とあなたが言ったばかりに、九月の夜長を待ち続けていたけれど、とうとう明け方の月が出てきてしまったよ。
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22
吹くからに 秋の草木の しをるれば むべ山風を 嵐といふらむ
ふくからに あきのくさきの しおるれば むへやまかせを あらしといふらむ
《古今集》 所収
吹くやいなや、秋の草木がしおれてしまうので、なるほど、それで山から吹き下ろす風のことを「嵐」というのであろう。
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23
月見れば ちぢにものこそ 悲しけれ わが身ひとつの 秋にはあらねど
つきみれば ちぢにものこそ かなしけれ わかみひとつの あきにはあらねと
《古今集》 所収
月を見ていると、あれこれと色々なことがもの悲しくかんじられるなぁ。秋は、私一人だけのために来たわけではないのだけれど。
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24
このたびは 幣もとりあへず 手向山 紅葉の錦 神のまにまに
このたびは ぬさもとりあえず たむけやま もみちのにしき かみのまにまに
《古今集》 所収
詞書「宇多の御門、奈良におはしましける時に、手向山にて、よみてたてまつりける」
- 宇多上皇が奈良におでかけになったときに、旅の安全を祈って幣を手向ける山で詠んだ歌 -
この度の旅には、幣を捧げることもできません。とりあえず、手向山の錦織さながらに美しい紅葉を捧げますので、神様のお心のままにお受け取り下さい。
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25
名にしおはば 逢坂山の さねかづら 人に知られで くるよしもがな
なにしおわば おうさかやまの さねかずら ひとにしられて くるよしもかな
《後撰集》 所収
詞書「女につかはしける」
- 使者に持たせて、女に送った歌 -
「逢って寝る」という名を持っているのならば、逢坂山のさねかづらがたぐり寄せれば来るように、誰にも知られずにあなたに逢いに行く術がほしいよ。
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26
小倉山 峰のもみぢ葉 心あらば 今ひとたびの みゆき待たなむ
おぐらやま みねのもみじば こころあらば いまひとたひの みゆきまたなむ
《拾遺集》 所収
詞書「亭子院(ていじのゐん)大堰川(おほゐがは)に御幸ありて、行幸もありぬべき所なりと仰せたまふに、ことのよし奏せむと申して」
- 宇多法皇(うだほうおう)が京都嵯峨の大堰川へお出ましになって、「(紅葉が素晴らしいので)醍醐天皇のお出ましがあっても良さそうなところだ」とおっしゃったので、お供をした貞信公こと藤原忠平が「法皇がこのようにおっしゃいましたと、醍醐天皇に申し上げましょう」と宇多法皇に申し上げて詠んだ歌 -
小倉山の峰の紅葉よ、もしもお前に心があるのならば、もう一度あるはずの行幸(みゆき)まで、散らずに待っていておくれ。
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27
みかの原 わきて流るる いづみ川 いつ見きとてか 恋しかるらむ
みかのはら わきてながるる いずみがわ いつみきとてか こひしかるらむ
《新古今集》 所収
詞書「題しらず」
みかの原を分けるように、湧き出て流れるいづみ川の「いつ」ではないけれど、いつ見たというわけでもないのに、なぜこんなに恋しいのだろうか。
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28
山里は 冬ぞ寂しさ まさりける 人目も草も かれぬと思へば
やまざとは ふゆぞさびしさ まさりける ひとめもくさも かれぬとおもへは
《古今集》 所収
詞書「冬の歌とて、よめる」
- 本歌取り「秋来れば 虫とともにぞ なかれぬる 人も草葉も かれぬと思へば」藤原興風(おきかぜ) -
山里は、とりわけ冬が寂しく感じられるものだなぁ。訪れる人もいなくなり、草木も枯れてしまうと思うと。
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29
心あてに 折らばや折らむ 初霜の 置きまどはせる 白菊の花
こころあてに おらばやおらん はつしもの おきまとはせる しらきくのはな
《古今集》 所収
詞書「白菊の花を、よめる」
当て推量で、折るとするならば折れるでしょうか。初霜が降りて、見分けがつかなくなっている白菊の花を。
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30
有明の つれなく見えし 別れより 暁ばかり 憂きものはなし
ありあけの つれなくみえし わかれより あかつきはかり うきものはなし
《古今集》 所収
歌群「逢はずして帰る恋」
- 「女性のもとを訪れたが、逢ってもらえずにむなしく帰る」 -
有明の月が素っ気なく見えたあの別れのとき以来、私にとって暁ほど辛く思えるものはありません。
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31
朝ぼらけ 有明の月と 見るまでに 吉野の里に 降れる白雪
あさぼらけ ありあけのつきと みるまでに よしののさとに ふれるしらゆき
《古今集》 所収
詞書「大和の国にまかれりける時に、雪の降りけるを見て詠める」
- 坂上是則が吉野を訪れた際に詠んだ歌 -
夜がほのぼのと明ける頃、有明の月かと思うほどに、吉野の里に白々と雪が降り積もっているよ。
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32
山川に 風のかけたる しがらみは 流れもあへぬ 紅葉なりけり
やまがわに かぜのかけたる しがらみは なかれもあへぬ もみちなりけり
《古今集》 所収
詞書「滋賀の山越(やまごえ)にて詠める」
- 滋賀の山を越える道で詠んだ歌 -
山あいを流れる川に、風がかけているしがらみ(柵)とは、流れきれずにたまった紅葉だったのだなあ。
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33
ひさかたの 光のどけき 春の日に しづこころなく 花の散るらむ
ひさかたの ひかりのどけき はるのひに しつこころなく はなのちるらむ
《古今集》 所収
日の光がのどかな春の日に、どうして落ち着いた心もなく、桜の花は慌ただしく散ってしまうのだろう。
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34
誰をかも 知る人にせむ 高砂の 松も昔の 友ならなくに
たれをかも しるひとにせん たかさごの まつもむかしの ともならなくに
《古今集》 所収
年老いた私は、いったい誰を親しい友人としたらよいのか。長寿の高砂の松でさえ、昔からの友ではないのに。
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35
人はいさ 心も知らず ふるさとは 花ぞ昔の 香ににほひける
ひとはいさ こころもしらず ふるさとは はなそむかしの かににほひける
《古今集》 所収
あなたは、さあどうでしょう。人の気持ちはわかりませんが、昔なじみの奈良では、梅の花が変わらぬ姿で咲き、よい香りを漂わせていますよ。
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36
夏の夜は まだ宵ながら 明けぬるを 雲のいづこに 月宿るらむ
なつのよは まだよいながら あけぬるを くものいつこに つきやとるらむ
《古今集》 所収
夏の短夜は、まだ宵のうちだと思っているうちに明けてしまった。あの月は、いったい雲のどの辺りに宿をとっているのだろうか。
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37
白露に 風の吹きしく 秋の野は つらぬきとめぬ 玉ぞ散りける
しらつゆに かぜのふきしく あきののは つらぬきとめぬ たまそちりける
《後撰集》 所収
草の上で光る露に風がしきりに吹き付ける秋の野は、まるで糸で貫きとめていない真珠がぱらぱらと散り乱れているようだなぁ。
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38
忘らるる 身をば思はず 誓ひてし 人の命の 惜しくもあるかな
わすらるる みをばおもわず ちかいてし ひとのいのちの をしくもあるかな
《拾遺集》 所収
あなたに忘れられる私のことは何とも思いません。ただ、永遠の愛を神に誓ったあなたが、罰を受けて命を落としてしまうのではないかと惜しまれるのです。
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39
浅茅生の 小野の篠原 しのぶれど あまりてなどか 人の恋しき
あさじうの おののしのはら しのぶれど あまりてなとか ひとのこひしき
《後撰集》 所収
本歌取り「浅茅生の 小野の篠原 しのぶとも 人知るらめや いふ人なしに」古今集 - 詠み人知らず
浅茅の生えている小野の篠原の「しの」のように忍んできましたが、もう思いを抑えきれません。どうしてこんなにもあなたが恋しいのでしょうか。
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40
忍ぶれど 色に出でにけり わが恋は ものや思ふと 人の問ふまで
しのぶれど いろにいでにけり わがこいは ものやおもふと ひとのとふまて
《拾遺集》 所収
村上天皇主催・天徳内裏歌合(てんとくだいりうたあわせ)- 題「忍ぶ恋」
誰にも知られないように秘めていたのに、私の恋心は顔に出てしまっていたようだ。「恋のもの思いをしているのか」と周りの人に尋ねられるほどまでに。
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41
恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり 人知れずこそ 思ひそめしか
こいすちょう わがなはまだき たちにけり ひとしれすこそ おもひそめしか
《拾遺集》 所収
村上天皇主催・天徳内裏歌合 - 題「忍ぶ恋」
恋しているという私の噂が早くも立ってしまった。誰にも知られないように、あの人をひっそりと思い始めたばかりなのに。
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42
契りきな かたみに袖を しぼりつつ 末の松山 波越さじとは
ちぎりきな かたみにそでを しぼりつつ すゑのまつやま なみこさしとは
《後拾遺集》 所収
詞書「心かはりてはべりける女に、人に代はりて」
- 心変わりした女性宛の歌を、失恋した男性に代わって詠んだ歌 -
固く約束しましたよね。互いに涙で濡れた袖をしぼって、末の松山を波が越すことがないように、二人の愛も変わらないということを。
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43
逢ひ見ての のちの心に くらぶれば 昔はものを 思はざりけり
あいみての のちのこころに くらぶれば むかしはものを おもはさりけり
《拾遺集》 所収
詞書「はじめて女のもとにまかりて、またの朝(あした)につかはしける」
- 逢瀬を遂げた翌朝に、男性が女性のもと贈った「後朝(きぬぎぬ)の歌」と考えられる。しかし百人一首の撰者である藤原定家は、一度逢った後に逢うことができなくて苦しむ「逢ひて逢はざる恋」と解釈したようだ -
あなたと契りを結んだ後の、この恋しい気持ちに比べれば、逢う前の恋心など、なきに等しいものだったなぁ。
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44
逢ふことの 絶えてしなくは なかなかに 人をも身をも 恨みざらまし
あうことの たえてしなくは なかなかに ひとをもみをも うらみさらまし
[注記:この歌には競技かるた用の読み(上の句)が存在します]
おおことの たえてしなくば なかなかに
《拾遺集》 所収
村上天皇主催・天徳内裏歌合(天暦御時歌合[てんりゃくのおほんときのうたあわせ]) - 題「恋」
もし逢うことがまったくなかったなら、あなたのつれなさも、私の辛さも恨んだりすることはないだろうに。
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45
あはれとも いふべき人は 思ほえで 身のいたづらに なりぬべきかな
あわれとも いうべきひとは おもおえで みのいたつらに なりぬへきかな
《拾遺集》 所収
詞書「もの言ひはべりける女の、後につれなくはべりて、さらに逢はずはべりければ」
- 言い寄っていた相手の女性が、しばらくして冷たくなり、逢ってもくれなくなったので詠んだ歌 -
私のことを「かわいそうに」と言ってくれそうな人も思い浮かばないまま、このままむなしく死んでしまいそうですよ。
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46
由良の門を わたる舟人 かぢを絶え 行方も知らぬ 恋の道かな
ゆらのとを わたるふなびと かじをたえ ゆくへもしらぬ こひのみちかな
《新古今集》 所収
由良の海峡を漕ぎ渡っていく舟人が、梶緒が切れて行く先もわからず漂うように、この先どうなるかわからない私の恋路だなぁ。
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47
八重葎 しげれる宿の さびしきに 人こそ見えね 秋は来にけり
やえむぐら しげれるやどの さびしきに ひとこそみえね あきはきにけり
《拾遺集》 所収
詞書「河原院にて」
- 河原院は、六条の鴨川沿いにあった源融(みなもとのとおる - 河原左大臣)の邸宅。百年を経たこの時代にはすっかり荒れ果て、恵慶法師の親友であり、融のひ孫にあたる安法法師(あんぽうほうし)が住んでいた -
つる草が幾重にも生い茂っているこの寂しく荒廃した家に、訪ねてくる人はいないけれど、秋だけはやってきたのだなぁ。
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48
風をいたみ 岩うつ波の おのれのみ くだけてものを 思ふころかな
かぜをいたみ いわうつなみの おのれのみ くたけてものを おもふころかな
《詞花集》 所収
風が激しいので、岩に打ち当たって波だけが砕けるように、私だけが心を砕いて思い悩んでいるこの頃だなぁ。
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49
御垣守 衛士のたく火の 夜はもえ 昼は消えつつ ものをこそ思へ
みかきもり えじのたくひの よるはもえ ひるはきえつつ ものをこそおもへ
《詞花集》 所収
宮中の諸門を守る衛士のたくかがり火が、夜は燃え、昼は消えているように、私も夜は恋の炎に身を焦がし、昼は消え入るようにもの思いに沈んでいます。
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50
君がため 惜しからざりし 命さへ 長くもがなと 思ひけるかな
きみがため おしからざりし いのちさえ なかくもかなと おもひけるかな
《後拾遺集》 所収
詞書「女のもとより帰りてつかはしける」
- 逢瀬の翌朝、男性が女性のもとへ贈った「後朝(きぬぎぬ)の歌」。 -
あなたに逢うためなら、捨てても惜しくないと思っていた命だけれど、逢瀬を遂げた今となっては、長生きしたいと思うようになったよ。
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51
かくとだに えやはいぶきの さしも草 さしも知らじな 燃ゆる思ひを
かくとだに えやはいぶきの さしもぐさ さしもしらしな もゆるおもひを
《後拾遺集》 所収
こんなにもあなたを慕っているのに言えません。伊吹山のさしも草のように、燃えるような私の思いをあなたは知らないのでしょうね。
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52
明けぬれば 暮るるものとは 知りながら なほ恨めしき 朝ぼらけかな
あけぬれば くるるものとは しりながら なほうらめしき あさほらけかな
《後拾遺集》 所収
詞書「女のもとより雪降りはべる日帰りてつかはしける」
- 雪の降る朝、相手の女性と別れて帰った後に贈った「後朝(きぬぎぬ)の歌」 -
夜が明けてしまうと、また日が暮れて、すぐにあなたに逢えることはわかっているのですが、それでもやはり夜明けの別れは恨めしいものですよ。
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53
嘆きつつ ひとり寝る夜の 明くる間は いかに久しき ものとかは知る
なげきつつ ひとりねるよの あくるまは いかにひさひき ものとかはしる
《拾遺集》 所収
あなたが来ないことを嘆き続けて、一人で寝る夜の明けるまでの時間がどれほど長いことか。あなたはご存じでしょうか。いいえ、ご存じないでしょうね。
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54
忘れじの 行末までは かたければ 今日を限りの 命ともがな
わすれじの ゆくすえまでは かたければ けふをかきりの いのちともかな
《新古今集》 所収
詞書「中関白(なかのかんぱく)通ひそめはべりけるころ」
- 当時、関白という重職にあった藤原道隆(みちたか)が、後に正妻となる儀同三司母のもとへ通い始めた頃に詠まれた歌 -
「いつまでも忘れないよ」とあなたはおっしゃるけれど、その気持ちが将来まで続くことは難しいでしょうから、いっそ、今日限りで死んでもいいわ。
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55
滝の音は 絶えて久しく なりぬれど 名こそ流れて なほ聞こえけれ
たきのおとは たえてひさしく なりぬれど なこそなかれて なほきこえけれ
《千載集》 所収
滝の水音が聞こえなくなってから、ずいぶん長い年月が経つけれど、その名声だけは流れ伝わって、今でもやはり聞こえてくるよ。
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56
あらざらむ この世のほかの 思ひ出に 今ひとたびの 逢ふこともがな
あらざらん このよのほかの おもいでに いまひとたひの あふこともかな
《後拾遺集》 所収
私は間もなく死んでしまうでしょう。あの世への思い出として、せめてもう一度、あなたにお逢いしたいのです。
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57
めぐり逢ひて 見しやそれとも わかぬ間に 雲がくれにし 夜半の月かな
めぐりあいて みしやそれとも わかぬまに くもかくれにし よはのつきかな
《新古今集》 所収
詞書「はやくよりわらはともだちに侍(はべ)りける人」
- 恋の歌にも見えるが、「めぐり逢ひて」の相手が「幼馴染の女友達」だったことが分かる -
久しぶりに逢ったのに、今見たのはその人かどうかも見分けがつかないうちに、雲に隠れる夜半の月のように、あの人は帰ってしまったのですね。
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58
有馬山 猪名の笹原 風吹けば いでそよ人を 忘れやはする
ありまやま いなのささはら かぜふけば いてそよひとを わすれやはする
《後拾遺集》 所収
有馬山から猪名の笹原に風が吹くと、笹の葉がそよそよと音を立てます。そう、そのように、どうして私があなたのことを忘れるでしょうか。
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59
やすらはで 寝なましものを 小夜更けて かたぶくまでの 月を見しかな
やすらわで ねなましものを さよふけて かたふくまての つきをみしかな
《後拾遺集》 所収
あなたが来ないとわかっていたなら、ためらわずに寝たでしょうに。待っているうちに、とうとう夜が更けて、月が西に傾くまで見ていましたよ。
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60
大江山 いく野の道の 遠ければ まだふみも見ず 天の橋立
おおえやま いくののみちの とおければ またふみもみす あまのはしたて
《金葉集》 所収
大江山を越え、生野を通って行く丹後までの道のりは遠いので、まだ天の橋立の地を踏んだこともありませんし、母からの手紙も見ていません。
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61
いにしへの 奈良の都の 八重桜 けふ九重に にほひぬるかな
いにしえの ならのみやこの やえざくら けふここのへに にほひぬるかな
《詞花集》 所収
その昔に栄えた奈良の都の八重桜が、今日は九重の宮中で、ひときわ美しく咲き誇っているよ。
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62
夜をこめて 鳥のそら音は はかるとも よに逢坂の 関はゆるさじ
よをこめて とりのそらねは はかるとも よにあふさかの せきはゆるさし
《後拾遺集》 所収
夜の明けないうちに、鶏の鳴きまねをしてだまそうとしても、函谷関(かんこくかん)ならともかく、逢坂の関はだませません。私は決して逢いませんよ。
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63
今はただ 思ひ絶えなむ とばかりを 人づてならで いふよしもがな
いまはただ おもいたえなん とばかりを ひとつてならて いふよしもかな
《後拾遺集》 所収
今となってはもう、ただあなたのことをあきらめてしまおうということだけを、せめて人づてではなく、直接お逢いして伝える方法があればいいのに。
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64
朝ぼらけ 宇治の川霧 たえだえに あらはれ渡る 瀬々の網代木
あさぼらけ うじのかわぎり たえだえに あらはれわたる せせのあしろき
《千載集》 所収
詞書「宇治にまかりてはべりける時詠める」
夜がほのぼのと明ける頃、宇治川の川面に立ち込めていた朝霧が途切れ途切れになって、その絶え間にあちらこちらから現れる川瀬の網代木よ。
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65
恨みわび ほさぬ袖だに あるものを 恋に朽ちなむ 名こそ惜しけれ
うらみわび ほさぬそでだに あるものを こひにくちなむ なこそをしけれ
《後拾遺集》 所収
後冷泉天皇(ごれいぜいてんのう)主催・永承(えいしょう)六年内裏歌合(だいりうたあわせ)- 題「恋」
あなたのことを恨む気力もなくなって、涙を乾かす暇もない袖さえ惜しいのに、恋の浮き名で私の評判まで落ちてしまうことが惜しくてなりません。
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66
もろともに あはれと思へ 山桜 花よりほかに 知る人もなし
もろともに あわれとおもえ やまざくら はなよりほかに しるひともなし
《金葉集》 所収
詞書「大峰(おほみね)にて思ひがけず桜の花を見て詠める」
私がお前をしみじみと懐かしく思うように、お前も私を懐かしく思っておくれ、山桜よ。この山奥では、お前のほかに、私の心を知る人はいないのだから。
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67
春の夜の 夢ばかりなる 手枕に かひなく立たむ 名こそ惜しけれ
はるのよの ゆめばかりなる たまくらに かひなくたたむ なこそをしけれ
《千載集》 所収
歌群「雑(ほかに属さない歌)」
短い春の夜の夢のような、はかないたわむれの手枕のために、つまらない噂が立ったとしたら、なんとも惜しまれることです。
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68
心にも あらで憂き世に ながらへば 恋しかるべき 夜半の月かな
こころにも あらでうきよに ながらえば こひしかるへき よはのつきかな
《後拾遺集》 所収
本意ではないが、この辛くはかない世に生きながらえたならば、きっと恋しく思い起こすことだろう、この夜更けの美しい月を。
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69
嵐吹く 三室の山の もみぢ葉は 竜田の川の 錦なりけり
あらしふく みむろのやまの もみじばは たつたのかはの にしきなりけり
《後拾遺集》 所収
後冷泉天皇主催・永承(えいしょう)四年内裏歌合(だいりうたあわせ) - 題「紅葉」
嵐が吹き散らす三室山の紅葉の葉が、竜田川の川面を覆い尽くして、まるで錦の織物のようだなぁ。
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70
寂しさに 宿を立ち出でて 眺むれば いづこも同じ 秋の夕暮
さびしさに やどをたちいでて ながむれば いつこもおなし あきのゆふくれ
《後拾遺集》 所収
あまりの寂しさに耐えかねて、家を出てあたりを見渡すと、どこも同じように寂しい秋の夕暮れであることです。
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71
夕されば 門田の稲葉 おとづれて あしのまろやに 秋風ぞ吹く
ゆうされば かどたのいなば おとずれて あしのまろやに あきかせそふく
《金葉集》 所収
題「田家秋風(たやのあきかぜ:風の音で秋の訪れを知る)」
夕方になると、門の前に広がる田んぼの稲葉をそよそよと音を立てながら、この蘆葺きの山荘に秋風が吹いてくることだ。
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72
音に聞く 高師の浜の あだ波は かけじや袖の 濡れもこそすれ
おとにきく たかしのはまの あだなみは かけしやそての ぬれもこそすれ
《金葉集》 所収
堀河院(ほりかわいん)主催・艶書合(けそうぶみあわせ:男性が女性への恋歌を詠み、女性がそれに返歌する形式の歌合せ)- 藤原俊忠(としただ)の贈歌への返歌
噂に聞く高師の浜のいたずらな波にかからないように。袖が濡れると困るから(浮気なあなたの言葉も気にかけないように。涙で袖を濡らすと困るから)。
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73
高砂の 尾の上の桜 咲きにけり 外山の霞 たたずもあらなむ
たかさごの おのえのさくら さきにけり とやまのかすみ たたすもあらなむ
《後拾遺集》 所収
題「遥望山桜(遥かに山桜を望む)」
遠くの高い山の峰の桜が咲いたなぁ。人里近い山の霞よ、どうか立たないでほしい。あの桜が隠れてしまうから。
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74
うかりける 人を初瀬の 山おろしよ はげしかれとは 祈らぬものを
うかりける ひとをはつせの やまおろしよ はけしかれとは いのらぬものを
《千載集》 所収
題「祈れども逢はざる恋(神仏に祈ってもかなわない恋)」
つれない人が私になびくようにと初瀬の観音に祈ったのに。初瀬の山おろしよ、辛く当たるようにとは祈らなかったのに。
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75
契りおきし させもが露を 命にて あはれ今年の 秋もいぬめり
ちぎりおきし させもがつゆを いのちにて あはれことしの あきもいぬめり
《千載集》 所収
約束してくださった「私を頼りにせよ」という恵みの露のようなお言葉を命とも頼んできたのに、ああ、今年の秋もむなしく過ぎ去っていくようです。
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わたの原 漕ぎ出でて見れば 久方の 雲居にまがふ 沖つ白波
わたのはら こぎいでてみれば ひさかたの くもゐにまかふ おきつしらなみ
《詞花集》 所収
崇徳天皇(すとくてんのう)の御前で - 題「海上遠望(海の上で遠くを望む)」
大海原に船を漕ぎ出して眺めると、遥かかなたに雲と見まがうばかりに沖の白波がたっていることです。
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瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われても末に 逢はむとぞ思ふ
せをはやみ いわにせかるる たきがわの われてもすゑに あはむとそおもふ
《詞花集》 所収
川の流れが速いので、岩にせき止められる急流が、二つに分かれてもいずれ一つになるように、今は引き離されても、いつかまた逢おうと思う。
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淡路島 かよふ千鳥の 鳴く声に いく夜寝覚めぬ 須磨の関守
あわじしま かようちどりの なくこえに いくよねさめぬ すまのせきもり
《金葉集》 所収
題「関路千鳥(せきじのちどり)」
淡路島から須磨に通ってくる千鳥のもの悲しい鳴き声に、幾夜目を覚ましたことだろうか、須磨の関所の番人は。
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秋風に たなびく雲の 絶え間より もれ出づる月の 影のさやけさ
あきかぜに たなびくくもの たえまより もれいつるつきの かけのさやけさ
《新古今集》 所収
秋風によってたなびいている雲の切れ間から、もれ差してくる月の光は、なんと明るく澄みきっていることでしょう。
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80
ながからむ 心も知らず 黒髪の みだれてけさは ものをこそ思へ
ながからん こころもしらず くろかみの みたれてけさは ものをこそおもへ
《千載集》 所収
「後朝(きぬぎぬ)の歌(逢瀬の翌朝、男性が女性のもとへ贈る歌)」に対する返歌として
末永く変わらないというあなたの本心はわかりませんが、お逢いして別れた今朝は、黒髪が寝乱れるように心も乱れ、もの思いに沈んでいます。
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ほととぎす 鳴きつる方を 眺むれば ただ有明の 月ぞ残れる
ほととぎす なきつるかたを ながむれば たたありあけの つきそのこれる
《千載集》 所収
題「暁に郭公(ほととぎす)を聞く」
ほととぎすが鳴いたので声がしたほうを眺めると、そこにはほととぎすの姿はなく、有明の月だけが空に残っていた。
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82
思ひわび さても命は あるものを 憂きにたへぬは 涙なりけり
おもいわび さてもいのちは あるものを うきにたへぬは なみたなりけり
《千載集》 所収
つれない人のことを思い悩んで、それでも命だけはこうしてつないでいるのに、その辛さに耐えられずにこぼれ落ちるのは涙だったよ。
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83
世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る 山の奥にも 鹿ぞ鳴くなる
よのなかよ みちこそなけれ おもいいる やまのおくにも しかそなくなる
《千載集》 所収
この世の中には、辛さから逃れる道はないのだ。深く思い詰めて入ったこの山の奥にも、悲しげに鳴く鹿の声が聞こえているよ。
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84
ながらへば またこのごろや しのばれむ 憂しと見し世ぞ 今は恋しき
ながらえば またこのごろや しのばれん うしとみしよそ いまはこひしき
《新古今集》 所収
生きながらえたとしたら、辛いと感じているこの頃のことが、きっと懐かしく思い出されるだろう。辛いと思っていた昔が、今は恋しく思われるのだから。
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85
夜もすがら もの思ふころは 明けやらで ねやのひまさへ つれなかりけり
よもすがら ものおもうころは あけやらで ねやのひまさへ つれなかりけり
《千載集》 所収
俊恵法師の自邸「歌林苑(かりんえん)」で開催された歌合にて - 題「恋」
一晩中、恋人のつれなさに思い悩んでいるこの頃は、夜がなかなか明けてくれず、寝室のすき間さえつれなく思われるのです。
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嘆けとて 月やはものを 思はする かこち顔なる わが涙かな
なげけとて つきやはものを おもわする かこちかほなる わかなみたかな
《千載集》 所収
題「月前恋(月の前の恋)」
「嘆け」と言って、月が私にもの思いをさせるのでしょうか。いえ、そうではありません。それなのに、月のせいにして流れる私の涙であることです。
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村雨の 露もまだひぬ 真木の葉に 霧立ちのぼる 秋の夕暮
むらさめの つゆもまだひぬ まきのはに きりたちのほる あきのゆふくれ
《新古今集》 所収
にわか雨がひとしきり降った後、その露もまだ乾ききらない真木の葉の辺りに、霧がほの白く立ち上ってくる秋の夕暮れであることよ。
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88
難波江の 蘆のかりねの 一夜ゆゑ みをつくしてや 恋わたるべき
なにわえの あしのかりねの ひとよゆえ みをつくしてや こひわたるへき
《千載集》 所収
題「旅宿に逢ふ恋」
難波の入り江に生える蘆の刈り根の一節(ひとよ)ではないが、短い一夜の仮寝のために、あの澪標(みおつくし)のように身を尽くして恋い続けなければならないのでしょうか。
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玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらへば 忍ぶることの 弱りもぞする
たまのおよ たえなばたえね ながらえば しのふることの よはりもそする
《新古今集》 所収
題「忍ぶる恋」
わが命よ、絶えてしまうのなら、絶えてしまえ。生きながらえていると忍び隠す気持ちが弱り、恋心が表れてしまいそうだから。
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見せばやな 雄島のあまの 袖だにも 濡れにぞ濡れし 色はかはらず
みせばやな おじまのあまの そでだにも ぬれにそぬれし いろはかはらす
《千載集》 所収
本歌取り「松島や 雄島の磯に あさりせし あまの袖こそ かくはぬれしか」源重之(しげゆき)
血の涙で色が変わってしまった私の袖を、あなたに見せたいものです。松島の雄島の漁師の袖さえ、海水で濡れに濡れても、色は変わったりしないのに。
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91
きりぎりす なくや霜夜の さむしろに 衣かたしき 独りかも寝む
きりぎりす なくやしもよの さむしろに ころもかたしき ひとりかもねむ
《新古今集》 所収
こおろぎが鳴いている霜の降りるこの夜に、寒いむしろの上に自分の片方の袖だけを敷いて、私は一人寂しく寝るのでしょうか。
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わが袖は 潮干に見えぬ 沖の石の 人こそ知らね 乾く間もなし
わがそでは しおひにみえぬ おきのいしの ひとこそしらね かはくまもなし
《千載集》 所収
題「石に寄する恋」
- 本歌取り「わが袖は 水の下なる 石なれや 人に知られで かわく間もなし」和泉式部 -
わたしの袖は、引き潮のときにも海中に隠れて見えない沖の石のように、人は知らないでしょうが、涙に濡れて乾く暇もありません。
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世の中は 常にもがもな 渚こぐ あまの小舟の 綱手かなしも
よのなかは つねにもがもな なぎさこぐ あまのをふねの つなてかなしも
《新勅撰集》 所収
本歌取り「陸奥の いづくはあれど 塩釜の 浦こぐ舟の 綱手かなしも」古今集
この世の中は、永遠に変わらないでほしいものだなぁ。この渚を漕いでいく漁師が、小舟の綱手を引くさまに、しみじみと心動かされることだ。
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み吉野の 山の秋風 小夜更けて ふるさと寒く 衣うつなり
みよしのの やまのあきかぜ さよふけて ふるさとさむく ころもうつなり
《新古今集》 所収
題「擣衣(たうい:丸太に柄がついた砧という棒で衣を叩き、衣を柔らかくし、艶を出すことをいう)」
- 本歌取り「み吉野の 山の白雪 つもるらし ふるさと寒く なりまさるなり」古今集 - 坂上是則(さかのうえのこれのり) -
吉野山の秋風が吹きわたる夜更け、古い都である吉野の里は寒く、衣を打つ砧(きぬた)の音が聞こえてくる。
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おほけなく うき世の民に おほふかな わが立つ杣に 墨染めの袖
おおけなく うきよのたみに おおうかな わかたつそまに すみそめのそて
《千載集》 所収
本歌取り「阿耨多羅(あのくたら) 三藐三菩提(さんみゃくさんぼだい)の 仏たち 我(わ)が立つ杣(そま)に 冥加(みやうが)あらせ給(たま)へ」最澄
- 天台宗の開祖である最澄が、比叡山延暦寺建立時に詠んだ歌 -
身分不相応ながら、仏に仕える身として、この辛い世を過ごす人々に覆いかけることです。比叡山に住み始めたばかりの私のこの墨染の袖を。
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花さそふ 嵐の庭の 雪ならで ふりゆくものは わが身なりけり
はなさそう あらしのにわの ゆきならで ふりゆくものは わかみなりけり
《新勅撰集》 所収
本歌「花の色は 移りにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに」小野小町
桜の花を誘って散らす嵐の吹く庭に、雪のような花びらが降りゆくが、実は本当に古(ふ)りゆくものは、わが身だったよ。
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来ぬ人を 松帆の浦の 夕なぎに 焼くや藻塩の 身もこがれつつ
こぬひとを まつほのうらの ゆうなぎに やくやもしほの みもこかれつつ
《新勅撰集》 所収
本歌取り「名寸隅(なきすみ)の 舟瀬ゆ見ゆる 淡路島 松帆の浦に 朝なぎに 玉藻(たまも)刈りつつ 夕なぎに 藻塩焼きつつ ・・・」万葉集
いくら待っても来ない人を待ち続け、松帆の浦の夕なぎの頃に焼く藻塩が焼け焦げるように、私の身は恋い焦がれています。
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風そよぐ ならの小川の 夕ぐれは みそぎぞ夏の しるしなりける
かぜそよぐ ならのおがわの ゆうぐれは みそきそなつの しるしなりける
《新勅撰集》 所収
風がそよそよと楢(なら)の葉に吹いている、ならの小川の夕暮れは、秋の訪れを感じさせるが、六月祓(みなづきばらえ)の禊(みそぎ)が行われていることが、まだ夏である証拠だなぁ。
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人もをし 人もうらめし あぢきなく 世を思ふゆゑに もの思ふ身は
ひともおし ひともうらめし あじきなく よをおもふゆゑに ものおもふみは
《続後撰集》 所収
人が愛おしくも、恨めしくも思われます。この世をおもしろくないと思っているために、あれこれと思い悩んでしまうこの私は。
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100
百敷や 古き軒端の しのぶにも なほあまりある 昔なりけり
ももしきや ふるきのきばの しのぶにも なほあまりある むかしなりけり
《続後撰集》 所収
宮中の古びた軒端に生えている忍草(しのぶぐさ)を見るにつけても、いくら偲んでも偲びきれない、昔の天皇の治世であることよ。
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